『〇月〇日、区長になる女。』

ポレポレ東中野で『〇月〇日、区長になる女。』を見てきた。杉並区・岸本聡子区長の選挙戦を追ったドキュメンタリー作品で、監督は杉並区在住20年の劇作家、ペヤンヌマキさん。ペヤンヌさんの住んでいるアパートが都市計画道路の建設予定地にあることを知り、それがきっかけになって、20年住んでいて初めて区政に興味を持ったというところから映画が始まる。

岸本さんが2022年の区長選挙で3期12年区長を務めてきた現職の田中区長に勝利して当選したことは、杉並区民の私にとっては大きなニュースだった。公共施設の老朽化を理由に区営施設やサービスの民営化をどんどん進める田中区政に疑問を持っていた私は、水道民営化に反対している岸本さんに投票した。開票日には、更新されるたびに田中・岸本両候補者の得票数が同じでなかなか決着がつかない開票速報をソワソワしながら追っていた。でも当時の自分を振り返ると、岸本さんを応援してはいるけれど、どこか「無理かも」という気持ちもあった。杉並区の大半は、衆議院議員選挙では東京8区にあたる。長年石原伸晃が勝ち続け「保守王国」と言われてきた地域だ。2021年の総選挙で野党の吉田はるみが当選し、石原伸晃が落選した流れがあり、その流れが区長選にも影響するかもしれないという希望はあったものの、これまで田中区長が批判されながらも当選し続けてきた3期12年を思うと「また今回も田中さんが当選するかも」という考えを簡単にぬぐうことはできない。だから岸本さんがわずか187票差で当選したと発表された時は、自分の1票の重みをありありと実感した。

映画を通して、岸本さん自身にもどこかに「無理かも」という気持ちがあったことを知った。まず田中区政に疑問を持つ人たちが始めた市民運動があり、岸本さんは「杉並区の住人が選んだ区長候補」として、欧州から帰国してすぐ立候補することになる。準備を進めていく中で、支援者*1と意見が合わずに衝突する。カメラの前で愚痴をこぼす。立候補を取り下げてしまうのではないかと思うような場面もあった。それでも、岸本さんが対話を重ねていく様子や、これまで政治や市民活動に関わってこなかった人たちが岸本さんのことを知って支援者の輪に加わっていく様子には、政治ってこうだったらいいなという姿があるように思えた。

区長選の半年後に行われた杉並区議会選では、岸本区長の選挙活動に関わった支援者が何人も区議に立候補し、当選する。現職12人が落選、新人15人が当選したこの選挙で、自民党は現職候補者から多くの落選者を出している。開票結果を見ると自民の落選者はおおむね1700~2000票獲得しているので、投票率が変わらないと想定し、当確ラインを1700~2000として組織票を割り振っていたのではないかと思われる。区議選の投票率が前回から4.19ポイント(約2万票)上昇して当確ラインがずれたことで多数の現職が落選することになった。また、この選挙の結果、杉並区議会は女性議員24名、男性議員23名、性別非公開議員1名となりパリテを達成した。

映画の中で最も印象に残ったのは、当選が確定した直後の岸本さんの言葉だ。選挙事務所で支援者と当選を祝い、少し落ち着いたタイミングで岸本さんはカメラに向かって「よい政治は求め続けなければいけない、民主主義や社会正義には不断の努力が必要」と語った*2。選挙は勝てば終わりではなく、社会を変えるには勝ち続けなければいけない。

日々ニュースを見れば、裏金問題や震災への対応の遅れなど、政治に関してはうんざりするような話題ばかりが報じられている。ピントのずれまくった少子化対策にも、万博やマイナンバー保険証などに多額の税金が投じられる様子にも、市民の生活がまったく考えられていないと絶望的な気持ちになってしまう。杉並区でも、岸本さんが区長になったから、区議会に新人議員が増えて議員のジェンダー不均衡が解消されたからといって、すべての問題がスムーズに解決するわけではない。でも、絶対に不可能ではない。だって、政治に興味がない人に関心を持ってもらうことや投票率を上げることだって決して簡単なことじゃないのに、杉並ではそれができたんだから。そう思わせてくれる映画だった。

私の友人が以前、引越しを考えている時に「パートナーが岸本さんを支持しているから、杉並区から離れたくないって言っている。だから引越し先も杉並区内で探さないと」と言っていた。その時は「さすがにちょっと極端なんじゃない、岸本さんだっていつまでも杉並区長なわけじゃないだろうし」と言ってしまったけれど、市民運動があって、岸本さんがいて、対話をしていく中で人の輪が広がっていって行動を起こす人が増えたという一連の流れを見ると、私もこの先も杉並に住み続けていたいなと思った。

*1:長年杉並に住み、理想を求めて草の根で活動をしてきた人たちだから、何か言わずにはいられないのだろう。市民運動の「最古参」として紹介される人が出てくるなど、市民活動の中のヒエラルキーのようなものを感じてしまった。

*2:メモを取っていないので一字一句正確ではないかもしれません。

2023年まとめ

2023年もまもなく終わります。おせち作りも少し落ち着いたので、トピック別に今年1年を振り返ってみました。昨年11月末に40歳になり、2023年の大半は40代の最初の1年目として過ごしました。人生も折り返し地点であり、「やりたいと思ったことは元気なうちにやってみよう」と思いながら過ごした1年でした。つらつらと書いていたらとっても長くなってしまったので目次を付けます。

 

旅行

今年は山口、大阪、長野、長崎、新潟に行きました。一番思い出に残っているのは長崎・五島列島福江島です。かくれキリシタン潜伏キリシタンに興味があり、20年ほど前からなんとなくいつか行ってみたいなと思っていた場所だったので長年の念願がかないました。今年イベントで福江島に住んでいる方(福江島で「ばびの部屋」というカラオケスナックを経営されているばびさん)と知り合って意気投合したこと、さらに仲の良い友達も福江島に行きたいと言っていたことから、友達と2人で訪れることにしました。滞在中はばびさんに色々な場所へと案内してもらい、美味しいお店も教えていただき、ずっとお世話になりっぱなしでした。島では景色を見て、かつて禁教の時代に五島の地へ逃れてきたキリシタンの人たちも同じ海や崖を見ていたのかなと思いを馳せました。堂崎教会キリシタン資料館では、本で読んで知っていたけれども実物を見たことがなかったマリア観音キリシタンであることが知られないよう、観音像を聖母マリアに見立てて祈祷していた)や手書きのバスチャン歴(いつ何を祝うのかが記された教会暦で、知らない人が見たり聞いたりしてもわからないようになっている)、オラショ(口承で伝えられてきた祈りの言葉)などを見ることができました。また、食の面も充実した旅で、五島牛五島うどんも美味しかったですし、島で食べた魚介類はどれも美味しく、自分が今まで食べた中で一番美味しいのではないかと思うほどでした。ただ残念ながら福江島には世界遺産登録された場所はないため、今度は五島列島の別の島を訪れて世界遺産を巡ってみたいと思います。

今年はあまりたくさん本を読めなかったように思いますが、特に記録を残しているわけではないので何冊読んだのかわかりません。来年からは読書記録を書き残してみます。

今年読んだ本の中で一番面白かったのは宮本ゆき著『なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識』です。筆者は広島出身の被爆二世で、シカゴ大で修士号と博士号を取得し、現在はシカゴのデュポール大学で被爆被害と倫理に関する研究を行いながら倫理学を教えている研究者の方です。この本を読んだきっかけは Barbenheimer が日本で炎上したことでした。インターネットで自分が見ていた範囲において、日本では Barbenheimer のミームに対する抗議の声が多数上がっていたにもかかわらず、ミームの出所であるアメリカの人たちには抗議の声が響いていないように見えました。東京五輪開催中に五輪取材で東京に滞在していたアメリカ人記者が日本のコンビニで売っているたまごサンドの写真をツイートしたのに対して、その同僚が「Looks radioactive」と返信したことが炎上したときにも同じような印象を受けていたことを思い出し、その背景にはおそらく歴史教育の違いがあるのではないかと思いました。この本では教育だけでなくアメリカと日本における核や戦争、軍隊に対する意識やナラティブの違いについて説明されています。書かれているある程度のことは知識や体感として知っていましたが、それ以上に衝撃を受けた内容も多く、勉強になった本でした。

また、この本を読んでいた時期に、偶然にも本の表紙として作品の写真が使用されている蔡國強の展示が国立新美術館で開催されていました。蔡國強は火薬を使った作品で知られる芸術家です。2007年に現代美術を通して世界へ平和を訴えた芸術家に贈られる「ヒロシマ賞」を受賞し、翌2008年には原爆ドーム上に黒い煙を打ち上げる「黒い花火」*1という作品を発表しています。そんな作家ですが、アメリカでは核連鎖反応の実験が成功したことを祝うような作品を制作しています(表紙の写真)。本の中でも詳しく書かれていますが、この2つの作品の違いが日米における核意識の違いを象徴していると感じました。展示を見た限りでは、蔡國強本人は単に爆発させるのが好きな人という印象を持ちましたので、作風の違いは委託元の意図が強く反映されているのではないかと思います。

音楽

今年良かったアルバムはパソコン音楽クラブの『FINE LINE』とoono yuuki bandの『GREENISH BLUE, BLUISH GREEN』でした。今気付いたけど、どちらもレコ発ライブにも行ってました。パソコン音楽クラブのライブはchelmicoや髙橋芽以さんなどアルバムに参加しているアーティストがゲストで出演していたほか、アンコールにはシークレットゲストとしてミツメの川辺素さんが出演して、前作のアルバムで川辺さんがボーカルとして参加した曲を披露するというサプライズもあり、最初から最後まで超絶楽しかったです。oono yuuki bandは11年ぶりのアルバムリリースで、待った甲斐があったなと思える本当にすばらしい作品です。レコ発ライブは折坂悠太さんとの対バンで、ライブを見るのは2回目(2021年のNRQとの対バン以来)でした。音のエネルギーが渦巻いているような、とてつもない演奏で、ライブのあと数日余韻が続きました。

GREENISH BLUE,BLUISH GREEN [LHCD001]

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サッカー

私はサッカー観戦が好きで、熱狂的なサポーターというわけではありませんが、JリーグではFC東京を応援しています。さらに、サッカーというスポーツを取りまく社会的・政治的な事柄にも興味を持っています。そんな私にとってサッカー関連で今年一番の出来事だったのは、オーストラリアとニュージーランドで共同開催された女子ワールドカップでした。今大会の日本代表(なでしこジャパン)は招集された選手全員がスタメンで戦えるような層の厚いチームで、プレーを見ていて本当に楽しかったです。日本国内では女子ワールドカップのテレビ放映が直前まで決まらないという問題もあり、スポーツにおけるジェンダーの差についても改めて考える機会となりました。(スポーツ以外のほかの分野にも共通していることだと思いますが、スポーツとジェンダーについて語ると「ジェンダーの問題にするな」と言う人も少なくありません。この点について議論するには私は知識が足りないと感じているので、今後勉強し続けていきたい分野です。)

現地観戦はあまりしないのですが、今年はそれでも高校サッカー選手権1回(等々力開催の3回戦)、FC東京戦4回(4/15のセレッソ戦、5/12の多摩川クラシコ@国立、7/16の鹿島戦、9/23の鳥栖戦)WEリーグ1回(レッズレディース対マイナビ仙台)、日本代表戦1回(日本対カナダ)、甲府ACL国立ホーム戦2回と数えてみたらわりと行っていました。来年はWEリーグをもっと見たいですが、FC東京が女子チームを持っていないのでどこを応援するか迷っているところです。近場のチームを応援したい気持ちがあるものの、なんとなく、ベレーザや浦和を応援するのは気が引けてしまいます。

ドラマシリーズ

ここ数年ずっと「サブスク貧乏」になりかねないほどNetflixApple TV+、Amazon Prime、Disney+など多数の配信サービスに加入していて、毎日何かしらの番組を視聴しています。たくさん見た中で今年一番だったのは、Apple TV+配信のコメディドラマ『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』の第3シーズンでした。アメフトのコーチがプレミアリーグ(イギリスのトップレベルのプロサッカーリーグ)のチームのコーチとしてロンドンに招聘されるというありえない設定ですが、文化の違いや家族とのすれ違い、メンタルヘルスの問題などを取り上げた、笑いあり涙ありのコメディです。日本ではそこまで人気がないかもしれませんがアメリカでは非常に人気が高く、キャストがホワイトハウスに呼ばれたほどです。特に、最終シーズンとなった第3シーズンは心に響くエピソードが多く、ほぼ毎回のように泣いてしまいました。

アイスショー

友達との忘年会で「今年一番感動したことは?」という話になり、真っ先に頭に浮かんだのは今年の4月に母と2人で行ったアイスショー「Stars On Ice」で見た羽生結弦さんのパフォーマンスでした。出演者は世界選手権の金メダリストが勢ぞろいした豪華なメンバーで、みなさんすばらしかったです。島田麻央さんも見れたし、坂本花織さんの名プログラム「マトリックス」も見れたし、大好きなマディソン・チョックさんの美しさにうっとりとしてしまいました。観客席には遠方から来ていた羽生さんファンの方が多く、最後に羽生さんが出てきたときにはこれまでにないほど会場が盛り上がり、正直ちょっと引きました。でも演技が始まったらもう、ぐいぐいと引き込まれるように見入ってしまいました。プログラムは「オペラ座の怪人」。指先まで計算され尽くした動きで、その全身で物語を表現している。そう感じました。なんというか、羽生さんに対しては、現役の選手だった時代から「孤高の存在」という印象があり「この人はもはや自分としか戦ってないんだな」と思っていましたが、初めてご本人を見て思ったことは「美しい」とか「かっこいい」とかではなく、「ありがたい」でした。羽生さんのおかげで確実に3日は寿命が延びたはずです。色々な報道があってご本人は大変そうな1年でしたが、この先も表現を追求し続けてほしいです。

ル・ポールのドラァグ・レース関連イベント

Last but not leastです。『ル・ポールのドラァグ・レース』を初めて見たのは2015年ごろでしたが、今年は初めてドラァグ・レースに出演したドラァグクイーンが出演するショー*2を見に行きました。それも3回も。日本独自企画「Opulence」の第2回と第3回とドラァグ・レースの公式ワールドツアー「Werq the World」の日本公演に行き、Opulenceの方はどちらもミート&グリートにも参加しました。実際に動いてパフォーマンスしている姿を見れるだけでも貴重なのに、本人と直接会話することもできるなんて…。どのイベントも良かったですが一番は「Opulence」の第3回かな。マニラ・ルゾンがとっても優しかったです。

また、ファンの方たちのコミュニティが形成されていて、そこで自主的に「みんなでお金を出し合って会場にスタンド花を贈ろう」とか、「ミーグリ前に緊張がほぐれるようにオフ会しよう」とか、イベントの会場で久しぶりに再会できるといった環境があるのもうれしいところです。今までこういった趣味を中心としたコミュニティに参加したことがなかったので新鮮です。五島旅行でお世話になったばびさんともこのコミュニティで知り合いました。イベントを通してたくさんの新しい出会いに恵まれた1年でもありました。

最後に

大半の時間は自宅のパソコンの前で仕事をしていたので、運動不足・引きこもりの1年だったという印象がありましたが、こうして1年のハイライトを振り返ってみるとなかなかアクティブに過ごした1年だったかなと思います。今年は夫婦ともに結婚記念日を忘れるというアクシデントもありましたが、毎日円満に過ごすことができました。また、夫がコロナにかかったり、私が肺炎になったりと色々ありましたが入院するような大病はなく概ね健康に過ごすことができました。来年も心身ともに健康に過ごしていきたいです。来年やりたいことはまた別途、明日以降にまとめてみたいと思います。今日はこれから『Renaissance: A Film by Beyonce』を見て今年1年をしめくくります。お世話になったみなさまありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

*1:話が逸れますが、Chim↑Pomの「ピカッ」はあんなに叩かれたのにこれはいいの?と疑問に思わざるを得ません。

*2:ちなみに人生で初めてドラァグクイーンのショーを見たのは大学1年生のとき。近隣の大学の学祭に遊びに行ったら友達が客引きをしていたので見ることになったバビ江さんのショーでした。もう20年以上前のことでバビ江さんも当時は学生でした。今思うと貴重な体験ですね。

FIFA女子ワールドカップのテレビ放送がやっと決まった

7月20日に開幕するFIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023。日本は昨年行われたアジアカップで出場権を獲得していたものの、国内でのテレビ放送の予定はずっと決まらないままでした。

大会開催を心待ちにしていた私は、テレビ放送の予定が決まらないことに5月まではやきもきしていたのですが、6月に入ってからは「使い勝手は悪いけど、FIFA+(FIFAのストリーミングサービス)で見れるからいいか」と諦めモードに突入していました。

昨日、開幕まであと1週間というタイミングでNHKでの放送決定が発表されたというニュースを目にした時には、嬉しさや驚きとともに、もっと早く決まっていれば広報の機会もたくさんあったのに、と悔しさも感じました。

今月5日にFIFAが発表した世界各地の放映権リストによれば、出場国32か国のうち国内のテレビ放送が決まっていなかったのは、日本、フィリピン、ハイチのみ。日本はこれまで8大会に出場し、前回大会ではベスト16と振るわなかったものの、2011年大会で優勝、2015年大会で準優勝と優れた成績を残しています。日本は強豪と言える国(FIFAランク11位)であり、当初は2023年大会の開催国として立候補していたにもかかわらず、どのテレビ局も放映権を取得していない状態に、日本では女子サッカーがいかに人気がないかという事実を突きつけられた気持ちでした。

今回日本でテレビ放送がなかなか決まらなかったのは、放映権の販売方法が変わったことの影響が大きいのではないかと思います。前回大会まで女子ワールドカップの放映権は男子ワールドカップとセットで販売されていましたが、今回からその方法をやめて、女子ワールドカップだけで販売されるようになったのです。そして日本では「女子は視聴率が取れない」という理由で、投資に見合ったリターンが得られないと判断されてどのテレビ局も放映権を購入していなかったのでしょう。

欧州ではここ数年、女子サッカーの人気がかなり高まってきています。今年ウェンブリーで行われたFAカップ決勝には7万7000人以上の観客が来場するなど、日本とは比べものにならないほどの動員数を記録しています。また、アメリカ(FIFAランク1位)やカナダ(FIFAランク7位)は最近の国際大会で上位の成績を残していますし、サッカーといえば女子スポーツというイメージが強い地域でもあります。

こうした状況や、アメリカ、オーストラリア、カナダといった国々で選手たちが男女同一報酬を求めて行動を起こし世界的なニュースになるという流れを受けて、FIFAは大会の賞金総額を前回よりも引き上げ(それでもカタールワールドカップのおよそ4分の1)、これまで女子には行われていなかった出場選手個人への賞金割り当てを行うことにするなど、待遇の改善に向けて取り組んでいます。そのため放映権も決して安くない金額であったでしょう(公表されていませんが、100億円程度という噂があるようです)。

このようなジェンダー平等に向けた取り組みの話になると、主に男性によって「ジェンダー平等が実現したら理想的だが、現実問題、女子サッカーは儲からない。賃金を同一にしろと言うなら、男子と同等に儲かるようになってからにすべきだ」という話に舵が切られます。そして、「女子は男子に比べてスピードやインテンシティに劣る」から「つまらない」ので女子サッカーは人気がなく「女子サッカーは男子サッカーより小さいピッチでやればいいんじゃないか」といった話になったりするんですよね。

少し話が横道にそれましたが、「視聴率が取れない、人気がない」というのは、視聴率を取るため・人気を向上させるために十分なプロモーションを行うの努力が足りていないことも大きく影響しているはずです。今回もNHKがもっと早い段階で放映権を獲得していたら、開幕に向けてさまざまな特番を組むなどして視聴者に興味を持ってもらうための取り組みができたはずです。それを思うと、開幕1週間前にテレビ放送決定というのは、あまりにも遅く、ワールドカップ女子サッカー全般の人気を高める機会をどれだけ逃してしまったのだろうと、悔しく感じます。

もちろんテレビ放送が決まったことはとても嬉しいです。BSメインでの放送になるとのこと、BSの受信料も払い続けている甲斐がありました。

女子サッカージェンダー平等は長年関心を持っているトピックなので、今後また改めて詳しく書きたいと思います。

まずは来週からのワールドカップを楽しみます。

ブログを再開します

わりと長いこと、ブログを再開したいと思っていたものの、これといったきっかけもなく、再開するにあたって何を書くべきかもわからず、なんとなくズルズルとそのままきてしまった。
 
更新していない間に仕事は落ち着いたし、日当たりが良く便利な場所に引越してジムにも通い始めたので、以前と比べると心身ともに健康になった。今になってつらかった時のことを振り返ると、やはり精神的に良い状態でなかった時はまともな判断ができていなかったと思う。
 
仕事中は集中して思考や文章を組み立てているので、毎日頭ばかりが疲れている。ここ数日は特に普段よりも疲れがひどかった。こんなに疲れるのは意思決定の方法が合理化されていないからではないかと感じた。頭の中が整理されていないのだろうと思う。そのため、日々考えていることをアウトプットして整理する訓練として、ブログを書くことにした。どれくらいのペースで更新するかはわからないが、書くことは続けていきたいと思う。

今すぐ仕事を辞めるべきかどうか

前回の記事を読んだ夫から「今すぐに会社辞めた方がいいんじゃないか」と言われた。自分でもなんとなくそう思う。これが自分が置かれている状況ではなく他の人の場合だったら、自分も「辞めた方がいいよ」と言うだろう。じゃあなんで自分のことだと、すぐに辞めた方がいいと思えないのだろうか。

本音を言えば、すぐに会社を辞めて、しばらくの間は家事だけやりながらのんびりと過ごしたい。朝早く起きて洗濯して、家の中をきれいに掃除して、植物に水をやって、定期的に枕カバーやシーツを洗い、栄養バランスの取れた食事を作り、すぐに食器を洗って片付けて、時間に余裕があれば本を読み、日中に近所をランニングしたり、公営の屋内プールに通ったりして。そうやって過ごしていたら、そのうち気分が安定して健やかに過ごせるようになれるんじゃないか、と思わなくもない。

でも、無職になったらまた別の不安に襲われるにちがいない。ここで働くのを辞めてしまったら、もう一生、雇用側から労働力としてみなされなくなるのではないか。収入が減ることによる経済的な不安によって押しつぶされてしまうのではないか。「働けない、無価値で無能な私」になってしまうのではないか。色々と考えると結局、働いていてもいなくてもずっと不安なのではないか。それだったら、少しでもお金が稼げていた方が、まったく収入がないよりはいいだろう。おそらく、これがまだ仕事を辞めていない理由だと思う。

たまに、頓服で弱めの精神安定剤を飲んでいる。「精神安定剤を飲んでまで今の会社で働き続ける必要が本当にあるのか?」と思いながらも、「ここで辞めて本当に後悔しないか?あと少し頑張れるんじゃないか?」という気持ちもあり、まずは1日1日を終業まで耐えることに集中している。

帰国して1年が経ったが、仕事がつらい

日本に帰国して丸1年経った。この1年間で最も大きな変化は、自分の働き方が変わったことだ。

しばらくフリーランスで働いていたが、帰国を機に、フリーランスとして仕事をもらっていた企業の1つから「うちで働きませんか」と声をかけてもらい、4月からその会社で働くことになった。まずは契約社員として1年間働き、1年経って特に問題がなければ正社員として登用されるらしい。フリーランスと違って土日は完全に休めるし有給休暇も取れるからいいな、フリーランスだとインボイス制度が始まったら大変そうだし、などと、あまりよく考えずにうかうかと誘いに乗ったけれど、今は心から後悔している。社員として働くのはつらい。フリーランスの働き方に慣れ過ぎてしまったんだろうか。

仕事はとても順調とは言いにくく、試用期間の間にクビになるんじゃないかなぁと思っていた。ところが、今のところクビになっていないし、まだ仕事を続けている。試用期間の間に自分から辞めておけばよかったような気もする。

その状態で仕事を続けた結果、7月ごろからメンタルの調子が悪くなった。8月に入ってから、仕事中に突然動悸が激しくなって手が震える、集中できなくなる、意味もわからず悲しい気持ちに襲われて涙が出てくるなど、仕事に支障が出るような状態になってしまったので、心療内科への通院を始めた。

通院開始の直後、上司に相談して仕事を2週間休んだ。休んでとりあえず寝た。漫画を読んで、ネットフリックスで海外ドラマを見まくって、寝て。自堕落を極める生活だった。この時点では仕事を辞めるつもりだったし、辞職願いも書いていた。

休んだ後で仕事に戻ってみると、なんとなく、まだやれるような気がしてきた。それからは、自分から辞めると言うほどでもないかもしれないな、という状態でズルズルと続けている。夫からは「もう辞めたらいいのに」と言われているし、自分でも辞めた方が幸せになれるかもしれないと思う。でも、辞めるのは最後の手段だから、もう少しがんばってみようという気持ちもある。

フリーランスで働いていたころは仕事が楽しくて仕方なかった。辛いこともあったけど、その辛さも含めて楽しめていた。今の仕事では、楽しいと感じることはない。脳の中の「仕事が楽しい」と感じる部分が死んだような感覚だ。世の中の会社勤めをしている人たちは、どんなことを感じながら仕事してるんだろう。みんな楽しいのかな。会社勤めが楽しくなるように、せめて苦痛だと感じなくなるように、脳をプログラミングできないだろうか。そんなことを考えながら日々を過ごしている。

日本に帰国しました

今月頭、バンクーバーから日本に帰国しました。

 

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帰国便の窓から見た景色

空港での検査は無事に陰性で、その後14日間の自己隔離期間も体調に異常なく(毎日検温していましたがずっと平熱、その他の異常もありませんでした)、隔離期間が終わってからは、仕事をしながら役所系の手続きや引越しの準備もするなど慌ただしく過ごしています。帰国の理由などは下の方にあるFAQを参照してください。

 

万が一自分が感染してしまったら帰国便に乗れないかもしれないとか、飛行機に乗れても空港の検査で陽性だったらホテルなどに隔離されてしまうかもしれない、空港の検査で陰性だったとしても14日の隔離中に発症してしまうかもしれない、とさまざまな不安があったため「これから帰国するんで」とか「帰国しました」といったことは、インターネット上では公開してはいませんでした*1

 

こんな歴史的なパンデミックの最中に国をまたいだ引越しなんて嫌だなと思っていましたが、貴重な体験なので、のちほど引越しや隔離生活について改めて書き残しておきたいと思います。

 

FAQ

今回の帰国について、よく聞かれる質問をまとめました。

 

Q1. 本帰国なの?

本帰国です。

 

Q2. 結局、カナダにはどれくらい住んでたの?

1回目は2012年3月~2015年3月、2回目は2017年11月~2020年11月です。

 

Q3. なんで帰ってきたの?

夫が東京の会社に転職したためです。

 

Q4. またカナダに戻ることはあるの?

旅行で行くことはあると思います。

 

Q5. 仕事はどうするの?

変わらず同じ仕事を続けます。

東京での仕事を辞め2012年にバンクーバーに渡った際は現地企業に就職し、2015年の帰国時には日本の外資系企業に転職し...と、かつては夫の転職で住む国が変わるたびに自分も転職せざるを得ない状況でなんとか転職に成功しつつ生きてきましたが、個人事業主として働き始めて以来、転職の必要がなくなりホッとしています。

 

Q6. 永住権はどうするの?市民権は取らないの?

ちょうどカナダの永住権を更新する時期だったので、条件も満たしているし更新するだけしましたが、今後5年間のうち2年以上はカナダに住まないと次の更新ができないので、この先おそらく永住権は失効することになると思います。

市民権は特に欲しくないので取得しません。

*1:インスタではちょっと早めに「帰国しました」的な投稿をしていました