「非白人」を指す Racialized person という言葉について

早いもので、6月も間もなく終わります。今月はニュースでBlack Lives Matter(BLM)について取り上げられない日はなかったと言っていいほどでした。

カナダのニュースではアメリカの様子が頻繁に伝えられていますが、ここバンクーバーでも抗議活動が何度も行われ、黒人に対する人種差別や社会そのものに組み込まれている体系的な人種差別そのもに対する反対を表明する人たちが数千人規模で集まったイベントもありました。

バンクーバーでもBLMの抗議やそれにまつわる話題が増えている中、BC州やバンクーバーにおける黒人の歴史について調べてみたところ、自分にとって新しい発見がいくつかあったので、そのうちブログにまとめておきたいと思っています。今日は、SNSで人種差別に関する話題が増えている中で、自分が以前から気になっていた英語表現について書いておこうと思います。

英語で「非白人」を意味する表現として、古くは "Colored" という言葉が使われていました。それ以外にも、"non-White"、 "racial minority"、"visible minority"、"person/people of color"、"person of color" を略した "POC"、"Black, Indigenous, person of color" を略した "BIPOC" といった表現があります。そして最近よく聞く表現として "racialized person" というものがあります。

「非白人」を指して "racialized" という言葉が使われていることを私が初めてはっきり意識したのは昨年の女子ワールドカップ期間中でした。私が好きなBurn It All Downというポッドキャストで、植民地主義と人種にからめてサッカー女子ワールドカップについて取り上げた回*1があり、そこで「ノックアウトステージに残っていたチームで唯一 "Racialized" なチームは日本だけ」という発言があったのです。*2

www.burnitalldownpod.com

このポッドキャストについて簡単に説明すると、5人の女性スポーツジャーナリストや研究者が運営しているフェミニズム的視点からスポーツについて語るポッドキャストです。もちろん女子競技の話題が多いのですが、女性アスリートが直面する問題や人種差別問題、アスリートによる暴行事件などスポーツとフェミニズムを中心に幅広い範囲で取り扱っています。フェミニズムについて発信している人の中でスポーツ観戦が好きな人は少ないかもしれません。だからこそプロスポーツリーグの運営やスポンサーシップ、広告などのアスリートを取り巻く環境についてフェミニズム的視点から語られている数少ない貴重なメディアであると思います。

番組内で日本が唯一 "Racialized" なチームだと発言している Shireen Ahmed はトロント在住のイラン系カナダ人で、フリーランスライターでありアクティビスト。サッカーが大好きで、いつも「私の首相は Christine Sinclair*3」と言っていて、澤穂希を "Her Royal Greatness Homare Sawa" と呼ぶなでしこファンでもあります。

こうした背景から、"Racialized" という言葉がこのポッドキャストでは悪い意味ではなく、非常に考えられて使われた言葉だということが分かると思います。


カナダでは、"Racialized person" という表現は、2014年にオンタリオ人権委員会が白人ではない人を表す言葉として使用すると公式に発表したことが幅広く使われるきっかけになったように思われます。(もっと早くから使用されているケースもありますが、例えばカナダの全国紙 Globe and Mail では2010年代後半から使用例が増えています。)

オンタリオ人権委員会は "Racialized person" を使うことを選択した背景を次のように説明しています。

The Commission has explained “race” as socially constructed differences among people based on characteristics such as accent or manner of speech, name, clothing, diet, beliefs and practices, leisure preferences, places of origin and so forth. The process of social construction of race is called racialization: “the process by which societies construct races as real, different and unequal in ways that matter to economic, political and social life.”

Recognizing that race is a social construct, the Commission describes people as “racialized person” or “racialized group” instead of the more outdated and inaccurate terms “racial minority”. “visible minority”, “person of colour” or “non-White”.

 

(以下、簡単な訳です)

オンタリオ人権委員会では 「人種」というものは、アクセントや話し方、名前、服装、食習慣、信念、慣行、余暇の過ごし方の好み、出生地などを基にして人と人との間に社会的に構成された差異であると説明している。人種を社会的に構成するプロセスを「人種化」と言う。それは、「社会が複数の人種を、経済的、政治的、社会生活的に大きな違いのある本物の差異であり、不平等なものであると構成するプロセスである。」

人種が社会的な構成概念であることを認識し、人権委員会では、"racial minority”、“visible minority”、“person of colour”、“non-White” といった時代遅れかつ不正確な表現を使用せずに "racialized person" または "racialized group" と表現する。

つまり、人種という概念は社会的要因によって構成されているとする社会構築主義的な立場から "racialized" という言葉を使っているということです。社会構築主義とは、人間が認知している現実は人間関係によって作られているとする考え方です。詳しくはWikipediaなどを参照していただきたいのですが、ここで言えるのは、オンタリオ人権委員会は「人種という概念は社会的に作られたものだ」と考え、人種化の対象とされている非白人を「人種化された人」と呼んでいるということです。

この "Racialized" という表現は、カナダでは政治家によっても積極的に使用されています。

たとえば、カナダの政党NDPは非白人として史上初めてカナダの主要な政党の党首に就任した同党党首のジャグミート・シンを "the first racialized person to lead a federal party" と紹介しています。

また、トルドー首相も、会見でトランプ大統領のBLM抗議活動への対応について意見を求められて21秒間沈黙したことで話題になりましたが、その沈黙の後で "Black Canadians and racialized Canadians face discremination as a lived reality every single day." と "racialized" という言葉を使っています*4(下に引用するツイート内の動画1:16頃から)。

この言葉を使うことに反対する人もいて、上で引用したツイートにも「Racialized Canadian って何だよ?」的なリプライがついていたりしますし、以下に引用する2014年に書かれたオピニオン記事ではちょっと乱暴にまとめると「西洋社会においては人種はもはや障害にはならないのだからいちいち racialized などという言葉を使うな」と書かれています。これを書いたのは白人ジャーナリストですが、BLM運動によって多くの人たちが法的・社会的な構造に組み込まれた体系的な人種差別について学びを深めた今となっては、批判の声が多数集まりそうな内容です。まぁ、カナダにもいろんな人がいるということで(多様性を謳う国ですしね)。

nationalpost.com

 

 

*1:これだけで面白そうだと思うでしょ!

*2:その時、日本がオランダと対戦する前の時点で、他に残っていたのはノルウェー、ドイツ、イングランド、フランス、アメリカ、スウェーデン、イタリアといういわゆる「欧米」のチームだけでした。フランスに黒人選手が多いことと植民地主義の関係については主要な話題として触れられています。

*3:現役の女子サッカーカナダ代表選手で、国際試合における最多得点記録の保持者(男女総合)、つまり各国代表の公式戦で、世界一点を取っている偉大なサッカー選手。

*4:黒人と racialized をあえて分けているんですね