『〇月〇日、区長になる女。』

ポレポレ東中野で『〇月〇日、区長になる女。』を見てきた。杉並区・岸本聡子区長の選挙戦を追ったドキュメンタリー作品で、監督は杉並区在住20年の劇作家、ペヤンヌマキさん。ペヤンヌさんの住んでいるアパートが都市計画道路の建設予定地にあることを知り、それがきっかけになって、20年住んでいて初めて区政に興味を持ったというところから映画が始まる。

岸本さんが2022年の区長選挙で3期12年区長を務めてきた現職の田中区長に勝利して当選したことは、杉並区民の私にとっては大きなニュースだった。公共施設の老朽化を理由に区営施設やサービスの民営化をどんどん進める田中区政に疑問を持っていた私は、水道民営化に反対している岸本さんに投票した。開票日には、更新されるたびに田中・岸本両候補者の得票数が同じでなかなか決着がつかない開票速報をソワソワしながら追っていた。でも当時の自分を振り返ると、岸本さんを応援してはいるけれど、どこか「無理かも」という気持ちもあった。杉並区の大半は、衆議院議員選挙では東京8区にあたる。長年石原伸晃が勝ち続け「保守王国」と言われてきた地域だ。2021年の総選挙で野党の吉田はるみが当選し、石原伸晃が落選した流れがあり、その流れが区長選にも影響するかもしれないという希望はあったものの、これまで田中区長が批判されながらも当選し続けてきた3期12年を思うと「また今回も田中さんが当選するかも」という考えを簡単にぬぐうことはできない。だから岸本さんがわずか187票差で当選したと発表された時は、自分の1票の重みをありありと実感した。

映画を通して、岸本さん自身にもどこかに「無理かも」という気持ちがあったことを知った。まず田中区政に疑問を持つ人たちが始めた市民運動があり、岸本さんは「杉並区の住人が選んだ区長候補」として、欧州から帰国してすぐ立候補することになる。準備を進めていく中で、支援者*1と意見が合わずに衝突する。カメラの前で愚痴をこぼす。立候補を取り下げてしまうのではないかと思うような場面もあった。それでも、岸本さんが対話を重ねていく様子や、これまで政治や市民活動に関わってこなかった人たちが岸本さんのことを知って支援者の輪に加わっていく様子には、政治ってこうだったらいいなという姿があるように思えた。

区長選の半年後に行われた杉並区議会選では、岸本区長の選挙活動に関わった支援者が何人も区議に立候補し、当選する。現職12人が落選、新人15人が当選したこの選挙で、自民党は現職候補者から多くの落選者を出している。開票結果を見ると自民の落選者はおおむね1700~2000票獲得しているので、投票率が変わらないと想定し、当確ラインを1700~2000として組織票を割り振っていたのではないかと思われる。区議選の投票率が前回から4.19ポイント(約2万票)上昇して当確ラインがずれたことで多数の現職が落選することになった。また、この選挙の結果、杉並区議会は女性議員24名、男性議員23名、性別非公開議員1名となりパリテを達成した。

映画の中で最も印象に残ったのは、当選が確定した直後の岸本さんの言葉だ。選挙事務所で支援者と当選を祝い、少し落ち着いたタイミングで岸本さんはカメラに向かって「よい政治は求め続けなければいけない、民主主義や社会正義には不断の努力が必要」と語った*2。選挙は勝てば終わりではなく、社会を変えるには勝ち続けなければいけない。

日々ニュースを見れば、裏金問題や震災への対応の遅れなど、政治に関してはうんざりするような話題ばかりが報じられている。ピントのずれまくった少子化対策にも、万博やマイナンバー保険証などに多額の税金が投じられる様子にも、市民の生活がまったく考えられていないと絶望的な気持ちになってしまう。杉並区でも、岸本さんが区長になったから、区議会に新人議員が増えて議員のジェンダー不均衡が解消されたからといって、すべての問題がスムーズに解決するわけではない。でも、絶対に不可能ではない。だって、政治に興味がない人に関心を持ってもらうことや投票率を上げることだって決して簡単なことじゃないのに、杉並ではそれができたんだから。そう思わせてくれる映画だった。

私の友人が以前、引越しを考えている時に「パートナーが岸本さんを支持しているから、杉並区から離れたくないって言っている。だから引越し先も杉並区内で探さないと」と言っていた。その時は「さすがにちょっと極端なんじゃない、岸本さんだっていつまでも杉並区長なわけじゃないだろうし」と言ってしまったけれど、市民運動があって、岸本さんがいて、対話をしていく中で人の輪が広がっていって行動を起こす人が増えたという一連の流れを見ると、私もこの先も杉並に住み続けていたいなと思った。

*1:長年杉並に住み、理想を求めて草の根で活動をしてきた人たちだから、何か言わずにはいられないのだろう。市民運動の「最古参」として紹介される人が出てくるなど、市民活動の中のヒエラルキーのようなものを感じてしまった。

*2:メモを取っていないので一字一句正確ではないかもしれません。